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韓国訪問記

中学の先生との御縁

 私事にわたって恐縮だが、中学高校の六年間、私は私立の男子校に通った。国語は十人近い先生のお世話になった。その中の藤井茂利先生は、「名詞は物の名前、形容詞は赤いの様に、い、で終わり、動詞は行くの様に、うの段で終わり、活用する」と説明され、「キャラメルの品詞は何か、と質問したら、動詞と答えた生徒がいた。じゃあ活用させてみろ、と言ったら、キャラメラない、キャラメリます、キャラメル、キャラメル時、キャラメレば、キャラメロ、と五段活用させた」などと、いつも冗談とユーモアが楽しかった。しかし私は細かい文法が嫌いで、最初の試験は赤点だったと思う。ところが、先生は私の様な劣等生でも可愛がって下さった。また後で習った徒然草は偶然叔父の敦が編集した教科書であった。そんなご縁の先生は、その後、大学に移られ、古希を越された現在は福岡で毎朝水泳をされてお元気で、週一回、韓国釜山の新羅大学に日本語を教えに通ってられる。
 その藤井先生から今夏、釜山で十一月に学会があるので発表しないか、と誘われた。私は生物や環境関係の学会とはいくつか関係してきたが、人文系の学会は経験がない。学期の途中でもあるのでお断りしたのだが、先生は劣等生を誉めて勉強させるのが巧く、なかなかしつこい。電話や手紙を何度も下さり、同窓生も数人発表するから君も来てくれ、と仰る。情に負けて根負けし、日本語教育・日本文化研究学会で発表する事となった。

女性五人と一夜を共に
 さて、富山から福岡へは飛行機。福岡を同夜七時に船で出港。釜山には翌朝八時半に着く予定。ところが福岡港で切符を買う時、「団体ですね」と言われた。藤井先生が、同じ船で釜山に行く同窓生数人が一部屋になる様に手配して下さった様だ。先に部屋に入った私は、誰が来るのかな?と待っていた。
 暫くして、そっとドアが開いた。妙齢の女性が二人。部屋を間違えた様だ。すぐ出て行くだろうと思ったのに、そのまま部屋に入って来た。部屋番号も合っている。それで、彼女達は同窓生の娘さんかな、と思った。ところが、続いてやや年輩の女性一人、そしてまた若い女性二人が入って来て、結局、男は私一人。互いに自己紹介して分かったのだが、皆国語学者で藤井先生の知人であった。私は家では家内と娘五人に囲まれて来たし、看護学校でも数十人の女学生を教えているから、自己紹介とか研究の話などしている間は、男一人でも平気の平左で何ともない。しかし初対面の、しかも五人もの女性と相部屋で一夜を共にするのは初体験。布団を敷いて寝る時間が近づくと何とも落ち着かない。幸い、皆からお気遣い無くとか言われ、また私より年輩の田村二美代先生と話が合ったので助かったが、寝る前にズボンを脱ぐのが恥ずかしい。船の風呂に入って浴衣に着替え、デッキに出て対馬を見たり売店前の椅子に座り、眠れぬ夜を過ごした。あだ名が狸だった藤井先生に化かされたなと思ったが、1等船室が取れず満員の2等に乗るべきところ、先生は善意で良い部屋を手配して下さっていたのだから腹も立たない。時々先生の顔を思い浮かべ、思いだし笑いをしている間に夜が明けた。女性達はすぐ寝てしまったが、私は船のエンジン音も気になって、寝不足状態で釜山に着いた。

新羅(シルラ)大学での学会 
 釜山は韓国第二の大都市。昔は韓国語音が同じ富山(プサン)と書いたそうで、富山(とやま)同様、海も山もある。西隣りの金海(キメ)市近くの山の中腹に、学会会場の新羅大学がある。キャンパスが広く、レンガ作りの建物が美しかった。
 学会は十時開始。最初に学会会長藤井先生の講演があった。その後、五会場に分かれて講演があり、私も「日韓(朝)における海藻文化の始まりについて ー古典に見られる海藻の種類の検討ー」と題して発表した。内容は、古事記初出の海藻の、海布(め)はワカメ、海蓴(こも)はカジメかアラメかクロメではないかと言う説と、朝鮮の古書、三国遺事の話、迎日湾で延烏郎(ヨノラン)が岩の上に履き物を脱いで採っていた海藻は今日のウップルイノリ(イワノリ)ではないかという説を、海藻の写真や、出雲の神事や民間伝承、ノリの採集現場の資料などを見せて発表した。
 私の後、読売新聞のM氏が、米英軍がバグダッドを占領した翌日の新聞の「圧政解放、静寂戻るバグダッド、大統領の肖像一掃、将来へ不安ないまぜ」という見出しを取り上げた。読者から「ないまぜ」の意味不明、との投書を多数受けたそうで、その解説だった。しかし、難しい片仮名英語と異なり、「ないまぜ」はれっきとした現代日本語だ。枝葉末節の論議より「圧政解放、静寂戻るバグダッド」の方が遙かに問題だと感じた。それで、初めから大量破壊兵器など無いのに暴力団紛いの戦争を仕掛け、罪もないイラク人を多数殺した米英軍が、さも良い事をしたかの様な印象を与える見出しはおかしんやないか?静寂戻るどころかイラクの治安は悪化の一途を辿ってるやないか、と質問した。するとM氏は、社説の通り米英のイラク戦争を後押しする小泉首相を支持している。我が社はイラク攻撃に賛成だ、と言う。勿論反論したが、結局時間がなくて中途半端な議論になった。

慶州(キョンジュ)と迎日湾(ヨンイルマン)
 翌朝、約三十人がバスで慶州に行った。一緒の中国人が全員、前日の私の発表と読売への質問がとても良かった、と誉めてくれ、名刺を欲しいと列が出来た。中国人全員となると、12億の中国人が皆私を熱烈支持してくれる様に感じる。日本で孤独な私は、徳 孤ならず 必ず隣り有り、と孔子に慰められた様な心地がした。
 慶州は三国時代の新羅から統一新羅時代迄の千年にわたる都で、奈良や京都の様な盆地である。宮殿跡、古墳、古寺など貴重な文化財が多い。私は二年前、娘三人と共に慶州の天馬塚古墳公園を見たが、その時案内してくれた土産物屋の金仁順さん、西(そ)さんと仲良くなった。それで、旅行前に慶州に行くと連絡したら、是非会いたいとの事で、彼女達と再会出来た。また、金さんの夫の高文(王偏に文が正字)煥さんは初対面であったが、高姓は済州島始祖三姓の一つなので、高さんに済州島の出身かと聞いたら、そうだと言って話が弾んだ。
 また、私の祖父の耕作は御陵巡りや美術が好きで長じて考古学者となったが、高さんに依れば、1920年代に数度慶州を訪れ、金冠などを多数発見し、秀吉の侵略と李朝の仏教排斥で荒れていた仏國寺や石窟庵の仏教美術調査を行ってその価値を評価し、修復保存に尽力したそうだ。しかも欧米の博物館の様に日本が美術品を略奪するのではなく、地元の要望を入れて、慶州に博物館を建てて保存し、それが元で世界遺産になったのだそうだ。韓国の激しい反日運動の中で祖父の碑は撤去された様だが、慶州の人達は祖父にとても感謝して呉れていると言う。高さん夫妻には、二年前には時間がなくて行けなかった石窟庵、南山の磨崖仏、それに三国遺事に出てくる新羅第30代文武大王の水中陵や迎日湾等を車で案内して貰った。迎日湾は矢張りイワノリ(トルキーム)の産地で、出雲の十六島(うっぷるい)町の様に、崖が海に迫り、海面すれすれの水平の岩もある(写真参照)。昔、延烏郎が採った海藻はウップルイノリとの自説に自信が増した。

ソウルの環境技術会社
 ソウルには、ミカヅキモを水質検査に使おうとして頑張っている金尚吉さんがいる。彼は京大大学院生の時、富山に来てミカヅキモの培養を学び、環境汚染物質のミカヅキモに対する影響を調べて学位を貰った。韓国に帰ってから、自分で環境関連の会社を起こし、従業員は8-9人。一昨年の倍になっていた。藻の培養や機械の専門家を集め、一台四千万円の水質環境モニターを作った。その心臓部にミカヅキモが組み込まれている。ミカヅキモは、アオミドロ同様接合藻類であるが、その生細胞に紫外線を当てると、青酸カリや農薬等、毒物の種類と濃度特有の様々な蛍光を発する。これで、汚染水中にどの毒物がどのくらい含まれているかが即座に分かる仕組みである。しかし、他の藻では、特徴的な波長の違いが見られず、ミカヅキモ特有なのである。
 今回の旅行でも沢山の方のお世話になり、楽しい事や興味深い事が多く、とても勇気付けられた。私は、世界を破滅に導く政治家や官僚、金に目の眩んだ死の商人、国民を苦しめる御用学者がのさばって、この馬鹿げた『テロとの戦争』が拡大するのではなく、過去の人達の心の結晶である芸術的文化遺産が大切にされ、我田引水ではあるが、ミカヅキモの研究が進んで地球環境が改善されるように、と祈っている。

2003.12

クョスコニョ    [1] 
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