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  バブルとホンダワラ類
 

バブルとホンダワラ類

バブルと気泡

 バブルが弾けて全国的に不景気が続いている。辞書には、バブル(bubble)とは、第1に泡、あぶく、気泡、第2に泡立ち、煮えたぎる事、第3に夢のような計画(野心)、詐欺とある。従って、土地や株、絵画、ゴルフ場会員権等が実力以上に暴騰した現象に、これ程似合った言葉はない。片仮名英語は、例えば余暇をレジャーに過ごすとか、いやいやながら低賃金で働かされる事をボランティア活動してるとか、首切りの事をリストラ(リストラはリストラクチャー、再構築の略)とか、本来の意味から外れる事が多い。また逆に、いわゆるリストラの事を構造改革と巧みに言い換える政治屋もいる様だ。言葉が曖昧だと、原因の把握やバブル経済の再建までが「夢のような計画」となるであろう。戦後の日本は、米国盲従と拝金主義に傾き、公徳心とか忠恕(まごころと思いやり)の心を忘れた様である。バブル経済を復興するには、まず我々一人一人の気泡を充填し、日本中に広がった心のバブル、「真空地帯」をなくす事が必要かもしれない。競争社会の中でうまく金もうけをしたり出世もしたが、思いやりがなくて文化性に欠け、中身がバブルと言うのでは困ってしまう。

ホンダワラ類の生息場所と気泡
 バブルとか気泡と言えば、ヒジキとは親戚のホンダワラ属の海藻には玉の様な気泡がある。ホンダワラ属には約百種類もの海藻があり、根(付着器)・茎・葉が揃った複雑な体制を持つ。ホンダワラ属は昆布・ワカメ・モヅクなどと共に褐藻類である。大形の海藻ではあるが、よく似た種類が多く、しかも種内の変異や産地による変化が大きく、分類の専門家でないとなかなか区別が難しい。一般に温暖で浅い磯を好み、沖縄などの亜熱帯とオホーツク海などの亜寒帯を除く日本列島の沿岸を取り囲んで繁茂している。海水浴向きの砂浜には海藻が少ないが、ゴツゴツとした磯辺には、多くの海藻が岩や貝殻等に付着して繁茂する。紅藻や緑藻は赤や緑で華やかだが、ホンダワラ類やコンブ類など褐藻は黄褐色で、森の様に茂り、我々に落ち着きを与えて呉れる。
 ホンダワラ属の気泡は葉の変形したもので、英語ではバブルではなく、空気の袋を意味し魚の「浮き袋」をも意味する air bladder である。ホンダワラ類は海底の石や貝に付着しているが、気泡は藻体を浮かせ、海底から海面に向けて木が生い茂るように藻が成長し、うまく光を受けて、光合成が効率的に行われる。ホンダワラ類に根がなければ海岸に打ち上げられて死んでしまうし、気泡がなければ塊となって海底に沈み、光合成が行えなくなるか効率が悪くなる。また、ホンダワラ類は近年あちこちの海で減っているようだが、イワシやサバなどの様に高脂血症に効くと言われるDHAを沢山持った多くの魚貝類に食べられ、彼等の産卵・育成の場ともなるので、漁礁としても重要である。我々日本人が様々な魚貝類を賞味出来たのは、沿岸に生い茂るホンダワラ類に気泡が発達したお陰と言っても良い。

コロンブスとネナシホンダワラ
 ところが、北大西洋の大海原(おおうなばら)、サルガッソー海に住むネナシホンダワラ(新称和名、学名はSargassum natans)には根がなく、浮遊生活をしている。大海原の真ん中では、岸に打ち上げられる心配もなく、深い海底に根を下ろすわけにも行かないからである。コロンブスは、ヨーロッパ人として初めてアメリカ大陸を発見した航海中にこのネナシホンダワラを見て、海岸の磯に産する普通のホンダワラ類と間違え、これは海岸に生える海藻だから陸は近い筈だ、と毎日毎日航海日誌に書き留め、首を長くして陸地を待った。折しも船員が、海の果てが来ると不安になり、スペインに引き返そうと騒いでいた時だから、ネナシホンダワラの大量出現は多少の航海の邪魔にはなっても、皆大いに勇気付けられたであろう。ところが、陸はなかなか現れず、ネナシホンダワラの茂る大西洋の広大なサルガッソー海を突き抜けてしまった。そこで、進んだ距離を短くごまかして船員の不安を和らげながら、やっとの思いでアメリカ大陸に辿り着いたのである(コロンブス航海誌、林屋永吉訳、岩波文庫より)。
 ホンダワラ属の学名はSargassumであるが、これはスペインの船乗り言葉のsargazoが語源で、浮遊海藻の意味である。つまり、コロンブス一行を苦しめ、また勇気付けたネナシホンダワラがホンダワラ属学名の語源のようだ。

海藻の古語
 語源と言えば、古事記や日本書紀には藻の付いた語としてオキツモ(沖の藻)、ハマツモ(濱の藻)、ヘツモ(海辺の藻)等が出て来る。ホンダワラ類は沖に浮かび、大量に濱に打ち上げられるので、ハマツモとかオキツモと呼ばれる海藻の大半はホンダワラ類を指したのであろう。
 また「たまも」と言う古語がある。萬葉では、玉藻とか珠藻の字を当てる。「たま」は藻の美称と言うのが通説である。藻に「たま」と言う飾り言葉を添えて誉めているのだそうだ。日本人と海藻との結びつきは、昔は現在とは比べ物にならないほど強かったから当然かもしれないが、「たま」は単なる飾り言葉ではなく、文字通り玉や珠を意味したのではないだろうか。上記の様に、モだけでもホンダワラ類の事をさしたが、玉藻も、初め玉のような気泡を持つホンダワラ類を意味し、次いで海藻一般、さらには藻全体に広がった様な気がする。
 柿本人麻呂は、任地の石見(いわみ)の国(現在の島根県西部)に妻を置いて上京する際、「か寄りかく寄る玉藻なす寄り寝し妹を」(萬葉、131)と、つまり、「玉藻のように寄り添い絡み合って一緒に寝た妻を」と情熱的に歌った。私は、ホンダワラ類の茂る磯で泳いで体に絡みつかれ、自由を失って溺れそうになった事がある。柿本人麻呂の表現力は流石である。「玉藻」はやはりホンダワラ類がぴったりだと思う。
 ところで、ホンダワラ類の海藻はフサフサと長く茂り、馬の尻尾に似ているので、馬尾藻(ばびそう)とか神馬藻(じんばそう)とも言われた。また、尊い神馬には乗るなと言う意味で「な乗りそ」とか、恐れ多いので神馬藻の名前を口に出してはいけないと言う意味で「な告りそ、ナノリソ」とも呼ばれた。ホンダワラの事を、佐渡ではギバサ、島根県の大田ではササボバ、隠岐ではジンバと言うが、今でも昔の名前が生きているようだ。

製塩や肥料に使われたホンダワラ類
 さて、正月の鏡餅と共にホンダワラを床の間に飾るのは、ホンダワラ類を食べたり、田畑の肥料にしたり、また、ホンダワラの気泡が丸いので丁度稲の穀粒になぞらえて豊年を祈ったり、製塩に使ったりなど、昔は非常に重要で神聖な意味があったからであろう。また、ホンダワラはよく繁茂するので家の繁栄を願ったのかも知れない。モクで終わる和名はホンダワラ属に多いが、モクは古来よく繁ることを意味したと言う。
 万葉集には藻塩草と言う名が出てくるが、これはホンダワラ類の事である。高校の時、木村観次先生に伺った話では、万葉の頃、塩を作るには、塩田に海水を何回もかけて天日で乾かして濃縮し、濃縮された海水を集めてホンダワラ類に何度もかけて乾かして燃やす。その灰を集めて塩水に溶かし、上澄みを煮詰めて塩を作ったそうだ。この製塩法は、現在でも能登半島で受け継がれている。また、実験的に確認した人達もいて、アマモ(イネ科植物で、陸上から再び海に入った海草)やホンダワラ類の様な海藻を使って試したら、ホンダワラ類を使った塩の味が最も良かったそうである。江戸時代、忠臣蔵で有名な赤穂藩で白い塩の製法が発明される迄は、塩は黒っぽかったそうで、宮城県の御釜(おかま)神社では、この製塩法が神事として現在に残っている。
 また、ホンダワラ類は、窒素やリン、カリやヨウ度分がとても多く、非常に優れた肥料として、近年まで使われてきた。ホンダワラ類は隠岐でも沢山採れ、それを鳥取県の境港(さかいみなと)に運び、つい最近までは肥料として使っていたそうである。
 近年減っているホンダワラ類が日本の海でもっと繁茂し、多量のDHAを持った魚が大量に増え、肥料としても役立ち、有機肥料の農産物を自給自足し、皆が健康になれば、バブルがはじけた不景気な世の中も良くなるのではないだろうか。

1999.02

クョスコニョ    [1] 
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