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ご先祖様の活躍 

ネアンデルタール人とクロマニヨン人

ドイツのボンの博物館には、前世紀の半ば過ぎに発見され、ボン大学で精力的に研究された、かの有名なネアンデルタール人や、フランスのクロマニヨン洞窟で発見されたクロマニヨン人の頭骨の標本が、館員も居ない小さな薄暗い部屋に事もなげに置いてあるので驚いた。日本だったら特別展で大変な騒ぎだろう。20万〜数万年前に活躍したネアンデルタール人は死者を埋葬し、狩猟の用具等を副葬したそうだ。数万〜1万年程前にいたクロマニヨン人は見事な絵を残した。これは、現代人のご先祖(筋)の彼等が、精神面では我々と殆ど変わらない豊かさと高さを持っていた事を示していて、とても興味深い。

アシツキ
ご先祖と言えば藍藻(らんそう)は、人類とは雲泥の差の30数億年の昔、地球上に最も早く現れた生物の仲間で、全生物のご先祖筋にあたる。その藍藻類に念珠藻(ねんじゅそう)属のアシツキがある。アシツキは葦に付く藻を意味するが、葦に付くことは稀で、普通は浅瀬の岩に着く。夏でも冷たい湧き水が豊富に出る、日当りの良い清流を好み、橋の下のような日陰には生えない。
藻類学者の故広瀬弘幸先生には、私が大学院の時に神戸大学にお訪ねしていろいろ教えて頂いた事がある。先生の御著書によれば、アシツキは、京都では賀茂川苔・貴船(きぶね)苔、滋賀では滋賀苔、鳥取では三徳(みとく)苔などと呼ばれ、全国的に食用にされたと言う。
アシツキについては、西暦750年頃、越中国守、大伴家持が萬葉集の巻17(4021)に詠んだ、「雄神川 紅にほう 乙女らし 葦附(アシツキ、ミルの類)取ると 瀬に立たすらし」が有名である。雄神(おがみ)川は現在の庄川(しょうがわ)。しかし、家持の頃の庄川の流れは今とは違い、砺波市の雄神橋上流百〜二百メートルから西北に向きを変え、西の小矢部川に合流していた。家持がこの歌を詠んだのはその雄神橋付近らしい。
家持の歌にはこの他に、「片貝の 川の瀬清く 行く水の 絶ゆることなく あり通ひ見む」(万葉集 巻17 4002。片貝川の川の瀬は清く,流れる水は絶えることがない。そのように絶えずここに通って来て、美しい立山を見たいものだ)もあって,美しい立山や片貝川を詠んでいる。
ところで、大正時代、富山県立砺波(となみ)中学の御旅屋太作(おたやたさく)と京都大学の小泉源一はアシツキを研究し、小泉は家持が詠んだ葦附は現在のアシツキであるとした。しかしこの説には異論もある。まず上述のようにアシツキは葦に付かない。また歌の詠まれた早春の冷水に、乙女が素足を長時間入れてられる筈がないとか、海産で緑藻のミルとは分類的に遠く形態も違うから、家持の詠んだ葦附は他の藻だとする説である。
しかし、海苔学者の故三浦昭雄先生によると、昔は日本中でミルを食べたし、今でも志摩半島では食べるそうだ。私の聞いた話では、長崎県の佐世保、香川県の観音寺などでも食べると言う。富山で海水浴をする際は、私もミルを採ってそのまま食べるが、なかなか旨い。乾燥して標本にすると、濃緑のミルもアシツキのように薄緑色になる。昔は分類学の概念も無く、他に適当な類似品もないので、食用になり、色も似ているミルがアシツキにたとえられたのかも知れない。家持の詠んだ葦附は、現在のアシツキかも知れない。
ところが、アシツキが生育していた日本全国の清流は、上流にゴルフ場、スキー場、工場、ダム、果ては産業廃棄物の埋め立て場まで造成された。あまつさえ、河川はコンクリートで改修され、ずたずたに破壊されてしまった。このような水質環境の悪化から、アシツキはとうの昔に庄川では見られず、富山では県東部の常願寺川や上述の片貝川の上流や支流に僅かに生息するに過ぎない。このままではアシツキは絶滅するのではないだろうか。
寒天質のアシツキをピンセットでほぐして顕微鏡で見ると、数珠状に連なる細胞が見える。これをトリコ−ムと呼ぶ。トリコ−ムには普通の細胞の他に、豆科の根粒バクテリアのように窒素固定を行う、やや大きくて透明な異質細胞(ヘテロシスト)がある。アシツキが、窒素養分の少ない清流でも窒素を固定し、蛋白質や核酸の合成が出来るのは、この異質細胞があるお陰である。

イシクラゲ
古来、アシツキ同様食用にされ、しかも同じ藍藻の念珠藻属の藻にイシクラゲがある。イシクラゲは、キノコのキクラゲに似ていて、運動場などで芝生と土の境目とか、コンクリート上の僅かな土の上に生えている、と言うよりは乗っかっている。本来薄い緑色だが、晴天が続くと藻体はカラカラに乾燥して黒くなる。雨が降ると生き返って再び薄緑色を帯びてくる。百年以上前の標本を水に浸したら生き返ったという話があるくらいだから、乾燥には極めて強い。私の大学のキャンパスでもあちこちに生えていて容易に採集出来る。
中国では、イシクラゲを漢方薬に用いたそうで、葛天米とか天仙菜と言うそうだ。イシクラゲには抗腫瘍作用があるとされるが、同じ大学の林利光・京子両博士との研究では、抗ウイルス作用も見付かった。ところが不思議な事に、現在は漢方薬としては使われていないようだ。食用になる程ありふれていたからであろうか。
イシクラゲは、付着している土や葉を丁寧に除き、熱湯を通して三杯酢にすると、柔らかく、青臭さもなく、歯触りがよく、ちょっと乙な舌触りで、健康食品となる。
気持ちが悪いから駆除法はないかと尋ねる人がいるが、健康にも良いので食べる事をお勧めする。

髪菜(ファーツァイ)
念珠藻属には、他にも髪菜と言う貴重な藻がある。うまく名付けたもので、乾燥すると髪の毛の様に黒くて糸状である。私は、岐阜のMAC総合研究所の竹中裕行博士に御馳走になった事があるが、乾燥した製品を水に戻しておしたしの様にして食べると、イシクラゲ同様口当たりが良い。また、軽く塩を振りかけて食べても良い。蒙古や中国の砂漠に産し、中国では不老長寿の伝承薬として珍重されるそうだ。また、髪菜の中国語の発音ファーツァイは、お金が沢山出来る意味の発財と同じなので、縁起物として正月には欠かせず、偽物が出回る程の人気である。偽物は昆布で作られ、一見したところ本物と区別が付かないが、顕微鏡で見ると、本物の髪菜はアシツキやイシクラゲ同様、数珠状の細胞が並んでいるのですぐ分かる。
竹中さんに依ると、髪菜には体内で異物を消化するマクロファージ細胞を増殖させる作用があると言う。髪菜を含む健康食品は癌や糖尿病に良く、私も飲んでみたが、かなりの強精作用もあった。かのジンギスカンがユーラシア大陸を席捲(せっけん)したのは、人馬共にこの髪菜を食べたからだとも言われる。
この他、藍藻では、熊本県に産する水前寺海苔(すいぜんじのり)も有名であるが、これは絶滅が危惧されている。藍藻は進化的に古く、貴重な種が多いが、髪菜は未だに人工栽培に成功していない(竹中、私信)。これらの藻の人工栽培法や薬利作用をもっと研究すれば、癌やウイルス病、糖尿病等々に効く薬が開発出来るであろう。ご先祖様の活躍が益々期待されている。

1998.10

クョスコニョ    [1] 
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