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海苔について(2)

海苔の生活環

 秋の彼岸を過ぎて海水の温度が下がり出した頃、木の枝や竹を束ねた粗朶(そだ)と呼ばれる竹箒(たけぼうき)のような物を逆さにした様な格好で遠浅の海中に立てて置くと、どこからともなく殻胞子(かくほうし、図参照)と云う、直径10数ミクロン(1ミクロンは1000分の1mm)の球形の、いわば海苔の種がやってきて発芽し、我々が食べる、木の葉の様な形をした海苔の葉状体(ようじょうたい、図参照)に成長する。その葉状体を集めて細かく刻み、水と混ぜて洗い、紙を梳(す)く要領で簾(すだれ)のような物で海苔を梳き、乾かして板海苔とする。この様子は、富嶽三十六景などで有名な葛飾北斎が1804(享和4)年に描いた「東海道五十三次品川」の浮世絵にも見える。江戸の名産の海苔が上流武士階級だけでなく町人にも人気があった事がうかがわれる。
 海苔の生活環については、前回も紹介した故三浦昭雄先生のお話に依ると、英国のキャスリーン・ドゥリュー博士の貢献が大変大きい。戦後まもなく、彼女は、人間で言えば受精卵に相当する海苔の果胞子(かほうし、図参照)を実験室の水槽の中で発芽させた。すると、カビの菌糸に似た赤い糸が発芽して来た。菌類(カビ)の研究もされた事があるドゥリュー博士は、この赤いカビの様な生き物に興味を持ち、じっと観察した。すると、カビは水槽の底で、何かを求めている様に見えたそうだ。そこで、水槽の中に石ころとか生きた貝とか死んだ貝殻とか海の中にありそうないろんな物を入れて見た。すると、その赤いカビは死んだ貝殻の腹側から中に潜り込み、そこで増えて広がった。さらに研究が進み、カビからは、最初に述べた殻胞子が出来、木の葉の様な葉状体が発芽し、我々が食べる海苔が出来る事が分かったのである(Drew-Baker 1949)。
 前回述べたが、海苔の属するアマノリ属には、ラテン語で紫を意味するPorphyra と言う名前があった。これとは別に、赤いカビに似た藻は、既に1800年代に他の藻として発見され、貝殻の腹側に咲いた赤い薔薇を意味するConchocelis roseaと名付けられていたが、これが夏期の海苔である事が明らかになり、学名はアマノリ属に統一された。
 こうして海苔の一生、つまり生活史が明かになると、竹箒の様な粗朶(そだ)の代わりに網に殻胞子を人工的に付着させて栽培する方法が開発され、日本の海苔の栽培技術は飛躍的に進歩し、おいしくて栄養価の高い海苔が、誰でも食べられるようになったのである。
 ところで、海苔の受精卵を発芽させ、赤い糸のような物を観察した学者が日本にも居た。三浦先生の恩師の殖田三郎先生である。ところが殖田先生は、これは海苔の生活環から外れた異常な現象だと思われて、それ以上は追求されなかった。何とも残念であるが、変わった物に対する西洋人と東洋人の好奇心の違いであろうか。



海苔の減数分裂はいつか?
 高等生物では、父親と母親からそれぞれ1組の染色体を貰って染色体が2組(2倍体、2n)になるが、両親が2組の染色体を子供に伝えたら、子供は合計4組の染色体(4倍体、4n)を持つ事になり、孫は8組(8倍体、8n)となる。46本ある我々の染色体だと、子供では92本、孫では184本と言うように増え続けてしまう。これでは染色体だらけになって困るので、受精(接合)を行う生物では、生活環の中のどこかの時期に、2組ある染色体(2n)を半減させて1組(n)に減らす細胞分裂が必要である。それが減数分裂である。この減数分裂は、木や草では花が咲いて卵や花粉の出来る直前に行い、人間では卵とか精子の出来る時期に行っている。
 海苔についても、生活還が次第に明らかになったのだが、一番大切な減数分裂の起こる時期については長い間謎であった。海苔の場合は、図に示した様に、精子嚢(のう)から出てきた精子(n)と人間で言えば卵に相当する造果器(ぞうかき、n)が合体し、人間の受精卵に相当する2倍体(2n)の果胞子が出来る。ところが、この後いつ減数分裂をして半数体(n)に戻るのかは諸説紛々としていた。例えば果胞子が出来る時だとか、いや殻胞子が出来る時だとか、今から考えるととんでもない時期に減数分裂が起こると考えて、教科書に書いたり、論文として発表した有名な学者が何人もいた。

海苔の減数分裂の時期の解明と品種改良
 今から20年ほど昔のある年の冬、三浦先生は千葉県富津の海苔栽培場で海苔を見ていて、偶然に赤と黒のキメラの海苔を見つけられた。この変わった海苔は如何にして出来たのか?温度や光、栄養のような環境の違いで色が変化したのか?それとも、遺伝的な相違なのだろうか?と疑問が湧いてきたそうだ。驚いた事には、海苔栽培業の高橋一博さんは、キメラでなく赤一色の海苔も出来ると言って、キメラの海苔から始めて、海苔養殖用の1つの網が全部真っ赤な海苔を作って見せて呉れた。海苔は上等な物ほど黒くてつやがある。赤い海苔は味が良いが売れない。だから、学問的興味、好奇心で真っ赤な海苔を作って呉れたのである。そのお陰で、色の違いは環境の影響ではなく、遺伝的なものである事がまず分かった。
 海苔の葉状体はふつう黒いが、三浦先生と弟子の大目優(おおめ まさる)さんは、赤と黒のキメラの海苔が出来るメカニズムに興味を持ち、赤い海苔と黒い海苔を交配した。その結果、殻胞子が発芽して、葉状体が出来る最初の2回の分裂が減数分裂である事が明らかになった。図では、右側の葉状体では白(赤)と黒が交互になっているが、これは、4色に別れた元の分裂、即ち、殻胞子から葉状体が発芽する際の最初の2回の分裂が減数分裂であることを遺伝学的に証明している(図中、減数分裂と書いた時期)。高等生物では、突然変異以外に、遺伝子の組成の変わる分裂法は減数分裂だけだから、もし発芽の時期以前に減数分裂が起こっていれば、絶対に単色の海苔しか出来ない。ところが、生物学者の多くは古典遺伝学とか減数分裂の意味をよく理解していない為に、何度説明しても理解して貰えず、むしろ真理を無視して多数決で決められる様でとても残念なのである。

海苔の遺伝学での成果の養殖への応用
 スサビノリは雌雄同株であるから、一つの葉状体で出来た雄の 配偶子と雌の配偶子の間で自家受精をする。従って、性質の違った海苔を交配しても、子供は他家受精で両系統が交配された物か、それとも自家受精した物なのか、区別が付かない。しかし、色の違った両親を交配すると、子供の色を見れば、そのどちらであるかが明確である。例えば赤とか緑の海苔と黒の海苔を交配してキメラの海苔が出来たらこれは他家受精したものである。この原理を利用して2つの異なった色をした優れた系統を交配して品種改良にも成功した。現在、我々が食べている海苔の大半を占める暁光(通称、アカツキ)と言う品種はこうして生まれたものである。
 三浦先生は、「海苔の基礎研究は、海苔を食べない欧米の学者のお世話になり、日本人はただ食べるだけだった。しかし、やっと日本人として学問的にも貢献出来て嬉しい」と仰っていた。学問が正しければ儲かる、と言うのは三浦先生の学問哲学で、ご自身は一見して金持ちに見えないが、多くの海苔栽培業者は潤っている。
 日本人の研究は、欧米の学者が欧米の自然や社会にヒントを得たテーマを真似る場合が多い。それでは、結局は欧米の自然や社会現象の解明には役立っても、日本の自然を理解するのには役立たない事もあるのではないだろうか。海苔の場合のように、日本の身近な自然現象に興味を持って真理を探求するという姿勢があれば、日本の学問や産業はこれからも発展する様に思う。
 独創的な学者の中には、子供の時から変わった人が多い。三浦先生についても言えたかも知れない。しかし、その様な人を変人だとか非常識だとか言って排除してしまうと、日本は、何時まで経っても学問も産業も欧米の物まねに留まる様な気がするのである。

2000.10

クョスコニョ    [1] 
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