社団法人日本薬学会の会員に毎月送られてくる雑誌「ファルマシア〜くすりの科学〜」7月号に「薬学から環境を考える」と題した特集が組まれていました。今年10月に開催される「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」を見据えての特集であろうと思います。
この特集の中に、京都大学大学院・田中宏明教授の「抗インフルエンザウイルス剤の河川環境への流出」と題した総論がありました。
抗インフルエンザウイルス剤として最も多く生産、使用されているのはタミフルです。タミフルは、経口服用量の80%以上が体外に排出されて排水中に移行しますが、これまでの排水処理系ではほとんど除去できていないのだそうです。
インフルエンザA型ウイルスは、水鳥の腸管に常在して増殖しており、排泄を介して広まってゆきます。水鳥は、冬に放流水温が高く、食餌生物が多い下水処理場放流口付近に集まる傾向があり、もし大量のタミフルがインフルエンザの流行に合わせて使われた時には、タミフルが残留している放流水を含む水を水鳥が飲むことになります。このような場合、水鳥体内のトリインフルエンザウイルスにタミフル耐性を持つ株が出現する可能性があるとイギリスとスウェーデンの研究者が警鐘を鳴らし始めています。
田中教授は、2008年から2009年にかけて、京都の下水処理場放流水と河川7か所のタミフル濃度を測定しました。インフルエンザ流行のピークであった2009年5週目の下水処理場放流水からは293ng/L*、下水処理水が大半の流量を占める「N川」では190ng/Lとなっていたそうです。
ところで、タミフルのインフルエンザウイルスに対する50%増殖阻害濃度(IC50)は、80〜230ng/Lであると報告されています。50%増殖阻害ということは、残り50%は生き残って増殖するわけです。生き残ったウイルスはタミフルに対して抵抗性(耐性能)を持つ可能性が極めて高くなります。
インフルエンザ流行期には排水中に含まれるタミフル濃度が上昇し、それも50%増殖阻害濃度近辺となってしまします。水鳥がその水を飲むことで、腸管内でタミフル耐性インフルエンザウイルスが誕生することが懸念されるわけです。
薬剤耐性の問題は、富山大学大学院・林利光教授が以前より指摘しておれます。そこで林教授は、薬剤耐性の心配がない免疫(免疫グロブリンAなど)に注目して念珠藻(髪菜)の抗ウイルス作用の研究を進めてこられたわけです。髪菜の抗ウイルス作用についての研究成果が、今秋からのインフルエンザ流行期における不安を払拭してくれるものと確信しております。
* 1ng/Lは1リットル中に10億分の1グラムが溶けていることを表しています。
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