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「330000」
  09.09.04 進化論の進化(2)木村の中立説
 

勝ち組は負け組では?

 昔は累進課税制度で3分の2だった高額所得者の税負担も、最近は3分の1らしい。トヨタのような年間利益が一兆円を越す大企業に対して大幅減税を行う一方、中小企業や中・低所得者に対しては消費税などで税率が増加し、医療費負担増など社会保障も後退している。さらに、消費税の税率引き上げなどにより、貧しい者は益々貧しく、富める者は益々豊かになり、貧富の差が拡大する。

 その一方で、官僚の特殊法人や大企業、大学などへの天下りは一向に減らない。上意下達の組織にいた官僚に、独創性を求められる研究者や教育者が勤まるのだろうか?多くの会社では正社員が減りいわゆるパート労働者とかフリーターとして働く若者が増えている。ある女性は、既に10年、週6日も正社員同様に働いてきたのに、いまだに六百数十円の時給で午後五時以後の残業手当も満足に支給されない。外勤の際には自分の車を使い、ガソリン代も払って貰えない事が多く、実質時給は四百数十円にしかならない。そこで日曜祝日も他のバイトをし、過労になってよく持病が出るそうだ。

 昨今は年収一千万円以上が勝ち組、以下は負け組という。しかし、低賃金で人をこき使う経営者、パート労働者や派遣社員の悲惨な労働実体に目をつぶる首相を始めとした政治家達は、収入は一千万円以上ではあっても、彼等は「心の負け組」ではないだろうか。金に換算することでしか物事を評価できず、出世や名誉のために徒党を組んで弱者を突き飛ばすのは、人間以外の社会では見られない恥ずかしい行為である。私のいる大学でもそれがはびこり、益々手のつけられない状態になっていくのがとても残念だ。

 

社会ダーウィニズム

 勝ち組とか負け組と言えばダーウィンの唱えた進化論の柱である生存競争、優勝劣敗、適者生存などの概念を人間社会に当てはめ、その主張に沿った政策を主張する立場を社会ダーウィニズムという。19世紀以来欧米が行った植民地獲得競争などを生物学的に正当化したイデオロギーであった。自己責任と自助努力を標榜して社会保障を圧縮し、生存競争に勝った優秀な民族を残そうとする優生政策などがその主張である。米国の小さな政府、日本の構造改革もそれを目指している。この社会ダーウィニズムほど、支配者や権力者、戦争好きの政治家・軍人、大資本家、そしてそれを目指す者にとり好都合な理屈はない。

 軍事力を背景に経済進出を図る政策を帝国主義と言う。日本では近年、米国への遠慮からか帝国主義という言葉を使うことがタブー視され、使うと過激な左翼と決めつけ反発する人が多い。しかし、国内的には社会ダーウィニズムを、対外的には帝国主義を進めて、それで本当に優秀な人材が残り、社会が住み良くなるのだろうか?もしそうだとすれば、それはそれでやむを得ない。私のように徒党を組めない弱者は負けてくたばるしかない。

 しかし、実力はないのに、権力欲、金銭欲、名誉欲などを満足させる為には手段を選ばぬ不道徳な人間が繁栄し、道徳的で正義感の強い人や、控えめな人が抹殺されていくのが実状だ。後者の様な善良な弱い人々が沢山いて、世の中が成り立っているのだから、最低限、彼等が安心して暮らして行ける様な社会の仕組みにしなければ社会が成り立たない様に思う。代々、優勝劣敗を重ねて熾烈な生存競争を続けて行けば、人類は数万年、あるいは数千年、いやいや数十年も経たないうちに、福祉切り捨て主義で闘争本能丸出しの醜い心の持ち主が大手を振って歩く事になるだろう。実際、ここ数年でもその方向に変わったように思われる。

 

社会ダーウィニズムの日本への影響

 これは高校・大学の同窓生で、音楽家にして歴史学者の森田光廣君から聞いた話だが、優勝劣敗の社会ダーウィニズムについては,日本史にも以下のような興味深いエピソードがある。「日本にダーウィンの進化論(1858)が伝わったのは明治101877)年。その年に出来た東京大学に、動物学者で、大森貝塚の発掘で有名なモースが外国人教師として招かれ、ダーウィンの進化論を講じた。この講義を聞き、それまでの思想を転向したのが東京大学初代総理(総長)の加藤弘之である。彼は兵庫県出石(いずし)藩出身の法学者で、明治初期には森有礼の呼びかけで結成された明六社にも加わり、天賦人権論・平等論の宣伝に努めていた。しかし、モースの教えるダーウィン進化論を知るに及び、これを社会学的な優勝劣敗説で解釈し、国権論者・国家主義者に転向した。つまり、当時の弱肉強食の国際世界の中で、民権を優先させれば国家の存立が危うい。そこで、民権よりも国家権力を優先させるべきとの考えを持つに至った」。先に、学問は社会の影響を受け、また社会に影響を与えると私は述べた。ダーウィンについて言えば、彼は彼の生い立ちや社会的な影響を受けて進化論を発表した。しかし、彼の進化論が社会に与えた影響は彼自身が意図した以上で、計り知れない。その影響は世界に広がり、世紀を二つ越えて今日に及んでいる。

 

共産主義とルイセンコ説

 今は昔の物語だが、共産党支配下の旧ソ連では戦前から戦後にかけてルイセンコ説が支配した。低温処理(春化処理)を行って、高収量の秋蒔き小麦を春蒔き小麦に変える方法を発見したルイセンコは、社会主義的イデオロギーに合った、獲得形質の遺伝を通じて進化が起こったのだと唱えた。王家や貴族を廃し、宗教を拒み、欧米遺伝学を否定する社会主義の宣伝に彼の説は都合が良く、ルイセンコはスターリンに重用された。しかし、彼の論文の殆どが嘘であった事が分かり、スターリン没後、ルイセンコは失脚した。日本でも、ネズミの分類学者だった京大理学部の徳田御稔(みとし)博士がルイセンコ説を支持され、私もその講義を受けた。既にルイセンコ説がソ連でも否定され、徳田先生の旗色は悪かった。イデオロギー(社会主義)を重視し、科学的実証性を軽んじた誤りを痛感して居られる風で、お気の毒だった。

 

木村資生(もとお)博士の中立説 

 「分子進化の中立説、1968年」で世界的に有名な木村資生博士(19241994)は愛知県岡崎市生まれ、京大理学部植物教室卒。小麦の祖先を発見した世界的な遺伝学者の木原均博士が京大農学部から移った静岡県三島の国立遺伝学研究所で、木村は研究した。木村は天才であると同時に大変な勉強家で、その膨大な知識と優れた洞察力で、専門の研究者向けの著書や論文だけでなく、素人や初心者向けの「生物進化を考える、岩波新書」や「分子進化の中立説、紀伊国屋書店」を著した。その内容を少し以下に紹介する。

 さて、蛋白質は20種類のアミノ酸が各蛋白質特有の順序で並んだものだ。血液中で酸素と炭酸ガスの交換を行うヘモグロビンのアミノ酸の配列順序はよく分かっていて、ヘモグロビンα鎖は哺乳類では141個のアミノ酸が一列に並ぶ。木村がヒトと他の動物間でアミノ酸の相違する割合を比較すると(括弧内は実数)、ゴリラでは0.7%(1)、アカゲザル2.8%(4)、ウマ12.8%(18)、イヌ16.3%(23)、カンガルー19.1%、ハリモグラ26.2%、ニワトリ24.8%、イモリ44.0%、コイ48.6%、サメ53.2%というように、人の先祖と分岐した年代が古く、分類的に遠く離れた種ほど相違率が増していた。そこで例えば、ヒトとウマは約8000万年前の中生代白亜紀に分岐したと、化石等の証拠から考えられるから、進化の過程で、ある一つのアミノ酸座位にアミノ酸の置き換えが起こる確率は平均して1年あたり、(18/141)÷(8x107)÷2=0.8x10-9となる。蛋白質を構成するアミノ酸1個が1年で他のアミノ酸に置き換わる確率は蛋白質の種類により異なり、重要な蛋白質ほど低いが、中央値は10-9、つまり10億分の1であった。つまり、生物は進化する圧力を確率論的に受けていて、これはダーウィンの唱える自然選択による適者生存ではない。木村の計算に依れば、最も優秀だとか最も有利な個体ではなく、多分に偶然が支配し、幸運な個体が生き残るということで、彼はこれを「分子進化の中立説」と名付けた。木村自身は社会的ダーウィニズムである優生学的な考えの持ち主だったようだが、皮肉にも彼の中立説はダーウィンの進化論を根底から揺さぶる世界的な業績となったのである。

 

接合藻の進化

 アオミドロとかミカヅキモの属する接合藻には、様々な種類の美しい藻がいる。その例として、今回はイボマタモを挙げよう(写真)。同じ属の中にもいろんな種や亜種があるが、どうしてこのように美しい形をしているのだろうか?何か、生存上、有利だったのだろうか、と私は学生時代疑問に思っていた。しかし、木村博士の中立説を聞いて、納得した覚えがある。これらの藻が生き残ったのは、中立説の説くとおり、生存競争上、有利でも不利でもなく、偶然だったのであろう。

2005年12月

クョスコニョ    [1] 
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